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船に持って行ったアイポッド
今日は一番良く聞いた歌のアルバムからベスト3を
スミ・ジョーのPrayers
保田由子の見えないこども
井上陽水のゴールデンベスト
スミ・ジョーの澄んだ声は海の上で聞くのにぴったり
カッチーニアヴェマリア、モーツアルトのラウダーテ・ドミヌム、
グノーのサンクトゥス、ドニゼッティのマリアの祈り、
など好きな歌がいっぱい。
保田由子のアルバムは武満徹氏の歌曲を集めたもの
あの難解な曲を書く武満氏がこんな曲も書くのかとびっくりするようなアルバム
お気に入りは
○と△の歌(マルと三角の歌)
この曲は作詞も武満氏
地球ハマルイゼ
で始まり(中略)
空ハ青イ
海ハ深イ
地球ハマルイ
小サナ星ダゼ
と続きます。
メロディーも一回聴いたら覚えられそうなシンプルなものです。
でも、一回聞いたら忘れられなくなるメロディーです。
船の上で海を見ながらよく
空ハ青イ
海ハ深イ
地球ハマルイ
小サナ星ダゼ
と無意識に歌っていました。この歌は歌っても聞いても非常に元気になる歌です。
陽水はこれは世代がわかりますが
船で新しくお友達になった方もお好きだったので
繰り返し良く聞きました。
やっぱり歌うまい!
11月が本番のコンサートで友人たちの歌の伴奏をしますが、きょうは彼女たちが習っている先生のレッスン。
体調不良でほとんどピアノ触ってませんが、今日を逃すと再び4人のスケジュールを合わせるのは至難の技。
ってことでレッスンに行ってきました。
体調不良は何とかなると思っていても、問題は声楽の先生のレッスン室に風邪引きが入るということ。友人に聞いた話では関西の重鎮O先生は玄関で咳一つしただけで追い返されたとか。で念のため朝から咳止め飲んで出かけました。
4曲ともレッスンしていただきましたが咳止めで頭がボーっとしているせいかあまり緊張せずに弾けました。でも練習不足は否めず、あちゃーという箇所がいくつもありました。あと本番まで1ヶ月と少し、何とかもう少しまともになるよう練習します。
アンサンブルとしてももう一つ二つなので本番までにあと最低2回は合わせようという事になりました。でも人との合わせものはやはり楽しいです。機会があればどんどんやって見たいです。
今日は宝塚の実家に借りていたスーツケースを返してお土産を渡すという目的で帰りました。北神戸線はいつものようにすいていましたが中国自動車道に入ったとたん渋滞でした。西宮山口インターから宝塚までのほんの10kmくらいの間になんと3件も事故車両を見ました。魔物がいたのでしょうか?
今日は15年前の大学洋上セミナーで知り合った医師山口圭介医師について書いて見たいと思います。今回2度目の大学洋上セミナーに参加することが決まったとき真っ先に思い出したのが彼のことです。
彼は船会社に雇われた医師で、長崎出身、卒後東京の大学病院の救急センターで研修後一旦医師としての勉強を中断して目的に向かって努力中でした。“若い間にしかできないことを今の間にやっておきたい”と船医をしてお金を貯めながら体を鍛えていました。船の中のジムでもよくトレーニングに励んでいました。彼にはオーストラリアを自転車で一周するという計画があって私が会ったのはそれに向かって突き進んでいる時でした。その計画が成就したら旅行しながら帰国し医師としての第2のスタートを切る予定だと話していました。整形外科か外科の医局に入る予定と話す彼に何回か相談に乗ったこともありました。
うちには彼から来た手紙が2通前回大学洋上セミナーのアルバムと一緒に保管してあります。1通目は91.10.5に投函されていて 10月1日にブリスベンに到着したという報告と2-3ヵ月後に予定通り自転車で旅に出ますということが書いてありました。2通目は92.9.3に投函された手紙でオーストラリア大陸自転車で1周の成功を知らせるものでした。地元の新聞に掲載されたのでそのコピーも送ってくれました。その新聞によりますと2月1日から8月30日まで14000kmの旅だったと書かれています。オーストラリア大陸は内地はほとんど砂漠で彼も手紙で“日本では考えられないような経験も数々ありましたが、全くの素人ながら最後まで諦めさえしなければどうにかなるものだと今は正直言ってほっとしてます”と書いて来られました。彼からの手紙が来てまもなくオリエントビーナス(前回乗船した船)で一周年の同窓会がありそのとき皆で彼の快挙を喜び彼の力を称えました。
悲しい知らせは彼からではありませんでした。新聞記事で彼が飛行機事故で亡くなったのを知ったのはその数ヵ月後だったと思います。鍛え上げられた肉体も飛行機事故には勝てず、悔しい思いをしました。ご冥福をお祈りしいたします。
