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歌のレッスンに行ってきました。
今日のレッスンで先生に言われて面白かったこと
イタリア歌曲パートン版、セントネルコーレの中間部は
フォルテとピアノが交互に来る聞かせ所ですが
“フォルテががんばった声になってしまっている。
そのようにやりたいことの意図が見えると聴き手が現実的になってしまう。
クレッシェンドが見え見え、気がついたらフォルテになっていたと言うように
自然に音楽の流れの中でできるようになればいい”
“フォルテからピアノになるところ、大通りで歌っているのが急に軒下に入ってしまっている”
“ピアノでも大通りのままの同じラインで歌う、同じかそれ以上のエネルギーを使うはず”
なんとなくわかりますが
録音聞いてみると予想通りしょぼしょぼのピアノになっています。
あとは
“変奏が始まった時にその必然性が感じられない。
その音にとどまっておれない必然性があるわけでそれが伝わらない。”
これはパートン版に入ってからずっと言われ続けていることです。
パーセルは
声がそろっていないところ(バロックでは特に重要)
フレーズ感がないところ
拍子感がないところなど指摘
3拍子は3拍子に聞えるように
2分の2は4分の4ではない。
など
次回は有名なダイドーのラメントが宿題に出ました。
ジェシーノーマン
http://www.youtube.com/watch?v=wiUCGO7XzrM&feature=related
エマカークビー
http://www.youtube.com/watch?v=iTV6F3lTU7o&feature=related
二人の歌手でずいぶん印象が違いますね。
どちらが好きですか?
ノーマンの歌唱力、迫力にはただただ圧倒されます。
パーセルの歌い手として定評のあるカークビーの歌は
死を選んだ女王の死ぬ直前の悲しみが伝わって来て心を打ちます。